冬夏古典文庫

冬夏古典文庫 〇〇四

ソクラテスの弁明・クリトン

プラトン 作/保科 隆明 訳

『ソクラテスの弁明』と『クリトン』は、死刑を求められた七十歳のソクラテスが法廷で語り、牢獄で旧友と語りあう二篇です。どちらも短く、一晩で読み切れます。それでいて、何を大切にして生きるのかという問いは、読み終えたあとも手もとに残り続けます。

原作
Apologia Socratis/Crito(紀元前四世紀)
底本
古代ギリシア語原典(バーネット校訂、Perseus Digital Library)
構成
一冊(二篇を収録)
収録
訳者まえがき、凡例、解説(裁判の経緯と時代背景)
形式
EPUB(縦書き)
公開
二〇二六年十月二十九日
価格
無料

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『ソクラテスの弁明・クリトン』の表紙

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ソクラテスの弁明

一 弁明

「弁が立つ」という嘘

アテナイの皆さん、私を告発した人たちの話を聞いて、皆さんがどう感じられたのか、私にはわかりません。ただ私自身はといえば、あの人たちの話しぶりがあまりにもっともらしいので、危うく自分が何者かを忘れそうになったほどです。とはいえ、本当のことは、まあ何ひとつ言っていないと言っていいでしょう。あの人たちがついた数多くの嘘のなかでも、私がいちばん驚かされたのは、皆さんは私に騙されないよう用心しなければならない、と言ったところでした。私がたいへん弁の立つ人間だから、というわけです。私が少しも弁の立つ人間ではないとわかれば、あの人たちの言い分はたちまち事実によって私に覆されてしまう。それを恥ずかしいとも思わないところが、何より厚かましいと私には思えました。もっとも、本当のことを言う人を「弁が立つ」と呼んでいるのなら、話は別です。そういう意味でなら、私も弁論家だと認めましょう。ただし、あの人たちの流儀の弁論家ではありませんが。

さて、いま申したとおり、あの人たちは本当のことをほとんど、あるいはまったく口にしていません。けれども皆さんは、私からは真実のすべてを聞くことになります。いや、ゼウスに誓って申しますが、アテナイの皆さん、それはあの人たちの演説のように、言葉や言い回しに凝って美しく飾り立てた話ではありません。思いついた言葉で、飾らずに語ることをお聞きいただくことになるでしょう。自分の言うことは正しいと信じているからです。ですから、皆さんのうち誰も、それ以外のものを期待しないでください。皆さん、この歳になって、若造が演説をこしらえるような真似をして皆さんの前に出てくるのは、どう考えてもふさわしくないでしょうから。

そこで、アテナイの皆さん、ぜひともお願いし、お許しをいただきたいことがあります。私はこれから弁明するのに、ふだん広場の両替商の台のあたりで――皆さんの多くがそこで聞いておられるはずです――あるいはほかの場所で話しているのと、同じ言葉づかいをするかもしれません。そのときは、それを理由に驚いたり騒いだりしないでいただきたいのです。事情はこうです。私は七十歳になって、いま初めて法廷に立ちました。ですから、この場での話し方にはまったくのよそ者なわけです。

もし私が本当によその国の人間だったとしたら、どうでしょう。育った土地の訛りや話しぶりのままで話したとしても、皆さんはきっと大目に見てくださるはずです。それと同じように、いまもお願いしたいのです。正当なお願いだと私は思いますが、話し方のことは気にせずにおいてください。話し方はまずいかもしれないし、ひょっとするとましなのかもしれません。ただ、私の言うことが正しいかどうか、そのことだけを見きわめ、そこに注意を向けていただきたい。それこそが裁判官のつとめであり、弁論家のつとめは真実を語ることなのですから。

二種類の告発者

そこでまず、アテナイの皆さん、私に向けられた最初の偽りの告発と、最初の告発者たちに対して弁明するのが筋でしょう。そのあとで、あとからの告発とあとの告発者たちに弁明します。というのも、皆さんの前で私を告発してきた人はたくさんいて、それももう何年も前から、本当のことは何ひとつ言わずにきたのです。私はアニュトスたちよりも、むしろその人たちのほうが恐ろしい。アニュトスたちも手ごわい相手ではありますが。しかし皆さん、もっと手ごわいのはあちらのほうです。あの人たちは皆さんの多くを子どものころからつかまえて、本当のことなど何ひとつない話で私を告発し、信じこませてきました。ソクラテスという知恵のある男がいる、天空のことに思いをめぐらし、地下のことを残らず調べあげた男だ、と。おまけに、弱い議論を強い議論に仕立てあげる男だ、というのです。

『ソクラテスの弁明・クリトン』の冒頭です。続きはEPUBでお読みください。ダウンロードへ

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